UEFA EURO 2028で導入される予選の新ルールは、今後の大規模スポーツイベントのあり方を根本から変える可能性を秘めています。私が注目しているのは、これが単なるルール変更ではなく、メガイベントの持続可能性を探るUEFAの戦略的な一手である点です。
この新しい試みは、スポーツの公平性と商業的成功という、時に相反する二つの要素を両立させるための、未来への青写真となります。
UEFA EUROとは?|欧州サッカー最高峰の戦い
UEFA欧州選手権、通称「EURO」は、4年に一度開催される欧州最強国決定戦です。FIFAワールドカップに次ぐ権威を持つ、世界で最もレベルの高い大陸選手権として知られています。
欧州最強を決める大会の権威
EUROの最大の特徴は、その「凝縮されたクオリティ」です。南米や他の大陸と異なり、欧州には強豪国がひしめき合っています。ワールドカップのように、優勝候補が格下の相手と対戦するグループステージはほとんど存在しません。
予選から厳しい戦いが続き、本大会では強豪国同士がグループリーグから激突します。私が思うに、この高密度な競争環境こそがEUROの最大の魅力です。許容誤差が極めて小さいため、1992年大会のデンマークや2004年大会のギリシャのような、歴史的な番狂わせも起こりやすいのです。
拡大と共同開催の歴史
この大会は、UEFA初代事務局長アンリ・ドロネー氏のビジョンから始まり、1960年に第1回が開催されました。優勝トロフィーが「アンリ・ドロネー杯」と呼ばれるのは、彼の功績を称えるためです。
当初は小規模でしたが、UEFA加盟国の増加と共に大会も成長しました。1996年大会で参加国が8ヶ国から16ヶ国へ、2016年大会ではさらに24ヶ国体制へと拡大します。大会が肥大化するにつれ、一つの国が単独で大会を開催することが財政的・インフラ的に困難になりました。結果として、2000年代以降は複数の国による共同開催がスタンダードになりつつあります。
現行の予選と本大会の仕組み
現在のEUROは、24チームが本大会に出場する形式です。本大会では、参加24チームが4チームずつ6つのグループに分かれてリーグ戦を行います。
各グループの上位2チーム(計12チーム)と、各グループ3位のチームのうち成績上位の4チームが、決勝トーナメントに進出します。24チーム制は、16チーム制よりも多くの国に参加のチャンスを与えますが、グループステージで3位でも勝ち上がれるため、緊張感が薄れたという側面もあります。
EURO 2028の革新|5ヶ国共同開催と予選新ルール
EURO 2028は、これまでの大会とは一線を画す、非常にユニークな形態をとります。イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド、そしてアイルランド共和国という、英国とアイルランドの5つのサッカー協会による共同開催です。
英国・アイルランド5協会による共同開催
大会期間は2028年6月9日から7月9日までが予定されています。ヨーロッパ11都市で開催されたEURO 2020は特殊な記念大会であったため、本格的な共同開催としては史上最多の5協会となります。
これだけ多くの国が開催地に名を連ねることが、今回の革新的な予選ルール導入の直接的な引き金となりました。
自動出場権なし?|注目の「セーフティネット」とは
過去の大会では、開催国には本大会への自動出場権が与えられてきました。しかし、EURO 2028では、5つの開催国のいずれにも自動出場権は与えられません。
5協会すべてが、他の国々と同様に通常の予選プロセスに参加します。ただし、「セーフティネット」として2枠が確保されます。もし開催国が実力で予選を通過できなかった場合、この2枠は予選キャンペーンで最も成績の良かった開催国(最大2チーム)に与えられる救済措置が取られます。
新ルールが示すメガイベントの未来像|持続可能性と公平性の両立
私が考えるに、この「セーフティネット付き予選」というハイブリッドなモデルは、UEFAの巧みな戦略です。これは、スポーツの公平性と、巨大イベントの経済的成功という二律背反を両立させるための、現実的な解決策です。
なぜUEFAはこのルールを導入したのか
この一見複雑なルールの背景には、明確な理由が存在します。
開催国の増加と予選の形骸化防止
最大の理由は、予選の競争的完全性を守るためです。もし5ヶ国すべてに自動出場権を与えれば、本大会の24枠のうち約21%が予選なしで埋まってしまいます。
これでは、残りの枠を争う他の約50のUEFA加盟国にとって、予選の価値が著しく低下します。全開催国が予選に参加することで、予選の真剣勝負としての価値を維持します。
商業的リスクの回避
とはいえ、開催国が本大会に出場できないという事態は、大会の盛り上がりを欠き、商業的にも広報的にも大惨事となります。特にイングランドのような巨大市場を持つ国が出場を逃すリスクは避けたいところです。
2枠のセーフティネットは、その最悪の事態を回避するための保険です。これはスポーツの論理とビジネスの論理を天秤にかけた、現実的な政治的妥協案と言えます。
スポーツイベントの新しい標準モデルへ
このEURO 2028の試みは、今後のワールドカップを含む他の大規模スポーツイベントの青写真となります。
経済的負担の分散
現代のメガイベント開催コストは高騰を続けており、単独開催は多くの国にとって非現実的な負担です。スタジアム建設やインフラ整備の負担を複数の国で分散できる共同開催は、最も持続可能なモデルです。
この新ルールは、そうした共同開催の実現を強力に後押しします。
予選の競争的完全性の維持
持続可能性(共同開催)を求めると、開催国が増え、スポーツの公平性(予選の価値)が損なわれる。このジレンマを、EURO 2028のモデルは見事に解決しようとしています。
この巧みな設計は、経済的負担を分散しつつ、予選の権威も守るという、メガイベント運営の新しい標準となるでしょう。
まとめ|変化するメガイベントとEUROの挑戦
UEFA EURO 2028で導入される新しい予選ルールは、単なる変更ではありません。それは、増大するメガイベントの経済的負担と、スポーツとしての公平性を両立させるための、UEFAによる未来への回答です。
私が確信しているのは、この「セーフティネット付き予選」モデルが、今後の大規模スポーツイベントにおける新たな標準となることです。EUROは、ピッチの上だけでなく、大会運営の面でもヨーロッパ、ひいては世界をリードする存在であり続けます。

